基本情報
【書籍情報】
書名 | あの国の本当の思惑を見抜く 地政学 |
著者 | 社會部部長 |
出版社 | サンマーク出版 |
発売日 | 2025年1月30日 |
価格 | 1,980円(税込) |
【目次】
序章 今、地政学を学ぶ意義
第1章 アメリカ 強そうで弱い国
PART1 なぜ戦争は起きるのか
PART2 安全保障のジレンマ
PART3 安全保障のジレンマと地理
PART4 海洋国家と大陸国家
PART5 海洋勢力と大陸勢力の攻防
第2章 ロシア 平野に呪われた国
PART1 平野の呪い
PART2 海でも陸に囚われる
PART3 ロシアの資源外交
第3章 中国 海洋国家になろうとする大陸国家
PART1 米中は「似た者同士」
PART2 遊牧民で見る中国の苦悩の歴史
PART3 現代中国の大陸問題
PART4 中国の海洋進出
PART5 台湾の重要性
第4章 日本 大陸国家になろうとした海洋国家
PART1 朝鮮半島という橋
PART2 ロシアとの50年間の苦闘
PART3 大陸国家、日本
終章 地政学から学べること
おすすめのポイント
海の防御力は最強!地理に立脚した正統派地政学の入門書
【おすすめ度】
★★★★★(5/5)
1.著者はYouTuberだが、動画とは完全に独立している(むしろ動画は見ない方がいいかも)
2.親しみやすい文章に反し不変の地理的要因と歴史的事実に立脚した本格的な内容
3.地理や世界史の予備知識ゼロでも本格的な地政学の基礎が理解できる
4.理由・目的・定義などの根本から説明されているのでとにかくわかりやすい
5.重要な古典書籍の紹介が豊富
6.日本人の関心が高い最重要事項(日・米・宇・台・中・露など)に絞って丁寧に解説している
1.地理と戦争に特化したマクロな内容であり政治経済などのその他の記述は薄い
2.網羅されていない地域がある(中東・アフリカ・インドなど)
3.地図等の視覚情報は少なめ

こんな人におすすめ!
・ウクライナ戦争、台湾有事の本質を知りたい人
・単なる読み物ではなく正統派な地政学に興味を持った人はまず本書から


感想
『あの国の本当の思惑を見抜く 地政学』の良いところ
1.著者はYouTuberだが、動画とは完全に独立している(むしろ動画は見ない方がいいかも)
著者の社會部部長さんはYouTuberです。
本記事を執筆している2025年3月現在で35万人の登録者を誇っています。
6年以上前からYouTubeで活動しているにもかかわらず、動画の本数はたったの39本しかありません。
登録者数を考えるといかに内容の濃い動画を発信し続けているかが分かります。
私は動画を一切見ずに本書を読みましたが、何の問題もありませんでした。
書籍で情報が完結しているため動画を見る必要はありません。
というか、本書を読むつもりならYouTubeの動画はまずは見ない方がいいかもしれません。
というのも本書に否定的なレビューとして「動画の内容と同じだった」というものがあるからです。
これはYouTube出身の作家にはありがちな傾向です。
要は動画の内容をそのまま書籍にしているということです。
地政学の基礎を一通り押さえるのであれば39本の動画を見るよりも本書を読んでしまった方が短時間で済むでしょう。
要点も体系的にまとまっており、流れを持って解説されているのは目次を見てもらえれば分かります。
YouTubeの方は著者の興味の強い部分を動画化しているのか体系的にはまとまっていませんからね。
39本全部視聴すれば本書と同等以上の知識が身に付くのかもしれませんが。
2.親しみやすい文章に反し不変の地理的要因と歴史的事実に立脚した本格的な内容
読みやすく柔らかい文章でありながら、内容は本格的な地政学の入門書になります。
本書の中核となっているのは以下の2つです。
・地理的要因(地形)
・歴史的事実(戦争)
地理的要因を法則や原理のように捉え、その結果として必然的に生じる歴史的事実(戦争)を説明するという流れになっています。
地理的要因とは主に、海や山脈、大河、平野といった人の移動に影響を与える地形のことです。
なぜ地理的要因が原理のように考えられるのかといえば、海や山脈などの地形は年月が経過したとしても基本的に変化しないからです。
海は海、山は山として何十年、何百年でも姿を変えずに残り続けています。
地形が変化しないということは、地形が影響する人類の営み(主に戦争)もその地形に応じて幾度も繰り返されることになります。
例えば、ロシアは広大な領土を有しているもののヨーロッパとの国境には北ヨーロッパ平野が広がっており、人の移動が容易です。
したがって、ロシアという国はヨーロッパからの侵略を受けやすい地形を持っているということになります。
事実、歴史を見るとヨーロッパとロシアは幾度も衝突しています。
()内はロシアと戦った国です。
1605年 ロシア・ポーランド戦争(ポーランド)
1707年 北方戦争(スウェーデン)
1812年 ロシア遠征(フランス)
1914年 第一次世界大戦(ドイツ)
1941年 独ソ戦(第二次世界大戦)(ドイツ)
ほぼ同じ地域で何度も戦争が繰り返されているのです。
他方、地形の恩恵を受けて他国からの侵略をほとんど受けたことがない国もあります。
それが日本やアメリカです。
日本やアメリカは周囲を海で囲まれているため、敵国からの侵略を受けにくいわけです。
地理的観点からは海の防御力は最強です。
アメリカは南北に陸続きで他国と接していますが、北のカナダにせよ南のメキシコにせよ強い軍事力がありませんから大きな脅威ではありません。
西に太平洋、東に大西洋で囲まれているという事実の方が大きいのです。
以上のように、戦争が生じるのはおよそ地理的要因に起因しているというのが本書の一貫した主張であり、歴史的事実と照らし合わせてその正しさが解説されています。
つまり各国の軍事政策は地理(地形)を基盤にして考える必要があるわけです。
そもそも地政学とは地理的条件を前提に考える学問であることを考えると、まさに正統派な地政学の解説書といえるでしょう。
3.地理や世界史の予備知識ゼロでも本格的な地政学の基礎が理解できる
私は地理と世界史の双方について碌な知識を持っていません
それでも本書を十分に読みこなすことができましたので、地理と世界史の予備知識はなくても大丈夫です。
特に歴史的事実については地理的観点から一連の流れが解説されているので、下手な世界史の参考書よりも経緯が分かりやすいくらいです。
出てくる戦争名も第一・二次世界大戦、日露戦争、元寇、など中学生でも習うレベルのものばかりですので問題ありません。
ただし、後述するように地図の掲載は4~5ページに1枚くらいなのでやや不足を感じます。
地名が出てきても地図がないので分かりにくいと感じることはありました。
4.理由・目的・定義などの根本から説明されているのでとにかくわかりやすい
個人的には一番好印象だったのが、根本からの解説がなされている点でした。
各国がなぜそれぞれ独自の軍事政策を持たなければならないかという理由やその目的から解説されています。
目次の第1章PART1が「なぜ戦争は起きるのか」ですからね。
例えば、2022年3月から始まったウクライナ戦争についてです。
ロシアは東欧に対して侵略的な軍事政策を持っています。
ロシアが広大な領土を有する反面、国境が平野であり侵略されやすいという点は前述しました。
かような地理的条件のために、ロシアはヨーロッパからの侵略を防ぐために、敵国と考えられるNATOとの間に距離を持つ必要があります。
これがロシアが侵略的な軍事政策を持っている理由です、
ロシアとNATOとの中間にあるウクライナを緩衝地帯とすることで、NATOとの間に距離を置くことができるわけです。
ロシアが侵略的な軍事政策で実現したい目的は、緩衝地帯を持つことによって自国の中枢と敵国であるNATOとの間に距離を稼ぐことです。
この自国中枢と敵国との距離のことを戦略縦深(せんりゃくじゅうしん)といいます。
本書においては、緩衝地帯や戦略縦深といった地政学特有の専門用語には全て丁寧な定義が説明されています。
その他にも、勢力均衡、対抗連合、潜在覇権国、ハートランド、リムランドなど、地政学の基本を理解する上で必要な基本用語については定義とともに網羅されています。
理由・目的・定義から丁寧な解説がなされているために本書を読んで疑問が残ることはほとんどありません。
5.重要な古典書籍の紹介が豊富
本書は一貫して根本からの解説がなされているわけですが、その理論を支えるのは古典地政学の知識になります。
地政学史上の重要文献からの引用が多く、邦訳が出ている書籍も多いので参考になるでしょう。
頻出するのは以下の3名ですね。
主著は全て邦訳があります。
名前 | 生没年 | 主著 |
ハルフォード・マッキンダー | 1861年~1947年 | マッキンダーの地政学 デモクラシーの理想と現実 |
アルフレッド・セイヤー・マハン | 1840年~1914年 | マハン海上権力史論 |
ニコラス・ジョン・スパイクマン | 1893年~1943年 | スパイクマン地政学 |
100年近く昔の学者たちではありますが、驚くことに彼らの提唱した理論というのは2025年現在においても通用しているのです。
理由の一つはやはり地理的条件が不変であるという事実でしょう。
古典地政学の知識を背景にしていることから、本書を正統派な地政学入門書と考えることができるのです。
また、地政学の専門的な学習を深めたい人からすれば参考書籍が豊富に紹介されているのはありがたいです。
上記3人だけでなく、国際政治学者であるジョン・ミアシャイマーやジョージ・ケナンなど著名な学者が多数登場します。
参考文献を自力で探す手間が省けました。
6.日本人の関心が高い最重要事項(日・米・宇・台・中・露など)に絞って丁寧に解説している
おそらく、地政学に興味がある日本人の関心事項は次の2つの項目ではないでしょうか。
この2つの戦争に強く関係してくるのが、日本・アメリカ・ウクライナ・台湾・中国・ロシアの6か国になります。
目次を見れば分かる通り、ウクライナと台湾を除く4か国について章を設けて説明がなされています。
ウクライナと台湾についてはそれぞれ、ロシア・中国・日本の章で合わせて解説されています。
本書は決して地域的な網羅性は高くありませんが、超重要事項については疑問が残らないように徹底的に解説されているわけです。
入門書として考えるのであれば話題が散逸しない点は読みやすいといえるでしょう。
『あの国の本当の思惑を見抜く 地政学』の注意点
1.地理と戦争に特化したマクロな内容であり政治経済などのその他の記述は薄い
本書における解説はほとんど全て地理的要因からなされており、その他の要素にはほとんど触れられていません。
これが一番の欠点かもしれません。
経済的な観点についてはロシアの資源政策くらいにしか言及がありません。
政治的な要素についても、特定の政治家の思惑についての記述は少ないです。
国の地政学的政策は地理によって決まるのであって、誰がトップであるかにはほとんど影響を受けないという著者の思想が感じられます。
例えば、台湾侵攻については台湾の地理的重要性だけでなく、半導体という経済的要素に着目して解説している本もあります。
地理的要素からだけでも十分に説得的な解説がなされていますが、少々心配にはなるところでしょう。
地政学は地理と世界史に限らず、経済学や政治学、宗教学などの複合的な学問です。
1冊で学習し切れるものではありませんので、本格的に勉強したい人は他の書籍も読み込む必要があるでしょう。
2.網羅されていない地域がある(中東・アフリカ・インドなど)
これも重大な欠点の一つです。
前述した通り、本書は主にウクライナ戦争と台湾侵攻に強い関連がある国の説明に特化しています。
その他の重要な地域についてはほとんど記述がありません。
中東は実際に紛争が起きている上に、歴史上も紛争が頻発している地政学上の重要地域と思われます。
また、インドについても中国の拡張を封じる上で中心的な役割を果たすことになる可能性があります。
本書は現代における地政学の問題を網羅的に知りたい人には向かない構成であるのは事実です。
他の書籍で補う必要があるでしょう。
3.地図等の視覚情報は少なめ
不便に感じたのが地図の量です。
重要な項目の説明についてはもちろん地図が掲載されています。
頻度的には体感で5ページに1つくらいは地図があります。
ただし、地名が頻発しますのでもう少し多いと楽でしたね。
場所を確認しなくても読みこなせますが、気になる人は地図帳を用意したり、すぐ地名を検索できる環境で読んだ方がいいかもしれません。
おすすめ度★5の理由
理由・目的・定義といった根本的な知識から積み上げて説明されていたことが最大の理由です。
記述に信頼感がありました。
個人的には古典地政学の書籍について知ることができたことも大きかったです。
特にマッキンダーとマハンの著書についてはロバート・B・ダウンズ氏の『世界を変えた本―16冊の名著』で紹介されるほどの重要文献だとのことです。
同書にはマキャベリの『君主論』、アダム・スミスの『国富論』、マルクスの『資本論』、ダーウィンの『種の起源』といったそうそうたる名著が選出されています。
地政学の古典は歴史的に影響のある書籍なわけですが、日本ではほとんど知名度はありません。
本書『あの国の本当の思惑を見抜く 地政学』によれば、世界が不安定になると地政学は求められるそうです。
これまでの日本は平和だったということなのでしょうね。
まとめ
本書は本格的に地政学を学びたい人が手に取る1冊目の本として最適だと思います。
本書を1冊読んだだけでも、昨今の政治的報道についての見方は大きく変わるでしょう。
極論すれば、地政学を理解しない人の情報発信にはほとんど意味がないように感じるほどです。
雑学や教養レベルではなく、これからの社会を生き抜く上で武器となる地政学の知識を得たいと考えている人には強くおすすめできる1冊です。

